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ロマンティックな狂気は存在するか (新潮OH!文庫)

春日 武彦
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ロマンティックな狂気は存在するか (新潮OH!文庫)の詳細
  • おすすめ度:まだ評価されていません。
  • 出版社:新潮社
ロマンティックな狂気は存在するか (新潮OH!文庫)のカスタマーレビュー

「病気として考えるから治療法がある」 おすすめ度:レビュアーのおすすめ度 投稿日:2007-01-08

渡辺哲夫は〈狂気の原風景〉をてんかん発作に置いたが、春日武彦は統合失調症に置く。とはいえ、再読してみると、ちゃんとてんかん発作についても記述されていた。

私の中にも、精神病について、精神病院についての偏見があった。
かつて分裂病といわれた病気について、私はよく知らず、自分のどこからが偏見であるのかもわからなかった。
教科書的な統合失調症の説明だけでは、実感として腑に落ちなかったときに、一番参考になったのが、本書であった。
ここにある病気についての記述は具体的で、現実的で、臨床的で、精神疾患を聖別して幻想化することを戒める、私の参考書の一つになった。

文学的な好奇心から都市伝説まで、狂気は貧弱で安直なファンタジーに説得力を与える道具として用いられてきた。
事例としてあげてある事件や噂話は、少々古びたかもしれないが、根幹の解説はまったく有効であると思う。
身近に病気を患う人と会ってから、私は他人事の綺麗事のように語ることができない。
思想や哲学の対象ではなく、病気を治療の対象として、ただ病気として取り扱う本書を読むと、ほっとする。

「attack from outside」 おすすめ度:レビュアーのおすすめ度 投稿日:2006-11-06

斉藤美奈子が「妊娠小説」で、日本文学の外側から文学の中で描かれる「妊娠」を批評したように、

文学作品や文系アカデミーの中での「狂気」の語られ方を文学やアカデミーの外側から批評した本。

著者の春日氏の文章は、斉藤のように対象を完全に「ネタ化」して面白おかしく茶化す芸には欠けるが、

やはり「外側からの批評」というのもたまに読むと結構楽しい。

素朴に「読書」を楽しみたいならお勧めの一冊。

「内容は納得できるが、語り口が気に食わない」 おすすめ度:レビュアーのおすすめ度 投稿日:2004-02-05

著者の言う「ロマンティックな狂気」というのは、文学や映像作品などに登場する狂気の類型的描写のことだが、その文脈でスタンリー・キューブリックや民俗学者の赤坂憲雄などが批判の対象になっている。つまり「シャイニング」や「フルメタルジャケット」などに出てくるような目の据わった「狂人」は、怪物や怪人がフィクションであるのと同じく想像の産物に他ならない。本当の狂気と創造との間には容易に埋めがたい溝があってこの二つを混同してはならないというような内容である。なるほどそうであろう。

著者は精神医学者だが、文学にも造詣が深いようである。ただ気にかかるのは語り口にややプロずれしたところがあって、「素人がごちゃごちゃ言うな」式の縄張り意識が結構露骨に出ていることである。新聞の投書などはお嫌いだそうだから、このサイトのレヴューもご本人には片腹痛いだけであろう。

「レクター博士VS中村先生」 おすすめ度:レビュアーのおすすめ度 投稿日:2003-08-29

ハニバル・レクター博士に代表されるような狂気の天才は存在するか?という問いに対して、「存在しない」と答えるのが本書である。大衆メディアのなかのありがちな精神病者のイメージに対し、臨床家の立場から批判をくわえるというスタイルはひとまず支持できる。しかし、では果たして本当にロマンティックな狂気は存在しないのだろうか?

著者は本書で「壁にウレタンのついた房など見た事がない」と述べるなど、臨床家としての経験の深さが疑問視されるようなことをそれとなく書いてもいるのだ。(ちなみに著者より年少である評者は当然「見た事はある」)

中井久夫にせよ、木村敏にせよ、あるいはラカンにせよ。洞察力に充ちた臨床家のなかには精神病者が持ついわくいいがたい魅力について語っている人たちが少なくない。とするならば一般読者が本書だけを読んで結論を鵜呑みにするのは早急だと言わねばならないだろう。

最近の大衆文化のなかからわかりやすそうな例を挙げるなら、意外に想われるかもしれないが、ドラマ「僕の生きる道」で草薙剛が演じていた中村先生は、スキゾフレニーの特徴をよく表していた(但しドラマの中では彼は精神病ではなく末期癌なのだが)。死を前にした中村先生のひたむきな生き方に涙した人は少なくないだろう。

フロイトはどこかで健康を定義して「働くことと愛すること」と答えている。ならばスキゾフレニーの生き方とは「真に働くとは何か?真に愛するとは何か?」と問い続けることである。中村先生のスキゾ的生き方はロマンティックと呼んでよいのではないだろうか?

「露悪的だがホンネだと思う」 おすすめ度:レビュアーのおすすめ度 投稿日:2002-09-29

 狂気や狂人を安易にフィクションの題材とする小説家は多い。「狂っている」のだから、常人には思いつかないような行動、思想、言動があるのではないかと期待しているのである。これがタイトルの「ロマンティックな狂気」である。

 しかしながら、著者の臨床経験からいって、そんなものはない。精神病者の語る妄想はあきれ返るほどワンパターンであり、新規なもの、創造的なものはない。創造とは健康な精神の持ち主でなければできない作業なのである。